ちょびっとミラクル!
ちょびっとミラクルはマグマグとメル天から発行しています。
-----*-------*-------*-------*------

平凡な日常だと思っていたのは、間違い?
見方を変えれば、小さな奇跡はここそこにいっ〜ぱい転がっている・・・かも。


*「気」「波動」
*貴方の手は
 暖かいですか?
*「体感時間とわくわく」
*目の見えない
 おばあさんの話
*虹

*喉の風邪に
*観念のリリース
*シンプル
*触る
 ちょびっとミラクルホーム 
 九州大好き

 -*----*-----*----*-
<メールマガジン登録/解除>

ちょびっとミラクル!
(マガジンID:0000123500)

メールアドレス:
メールアドレス:

Powered by まぐまぐ

 -*----*-----*----*-

ちょびっとミラクルのご購読は
メールアドレスを入力してボタンを押してください。


最新号はこちらです。
無料メールマガジン発行サービス
メルマガ天国』を
利用して配信しています。
メールアドレスを入力して解除してください。
     ☆。。☆。。。☆。。。☆。。☆。。。☆。。。☆。。☆。。。☆。。。☆。

はじめまして。まゆです。
「ちょびっとミラクル」は、日々の生活の中に小さな奇跡をいっぱい探して、
少しだけハッピィな気分になるといいなと思って発行します。

  たとえば・・そう・・

  疲れて空を見上げたら、小さな光がいっぱい自分めがけて降ってきた・・・とか。
  嘘のような実話だったり・・・
  その時々で伝えたい事を思いつくままに書いていこうと思っています。。

出逢いはいつも必然だから、貴方と一緒に楽しめたら嬉しいです。

    ひとつの心にはひとつの想いしか住めないから、わくわくを住まわせたいね!

----------------------------------------------------------------
「気」「波動」

「病は気から」・・そうそう、昔からそういいますよね。私は必然の中に
小さな奇跡がたくさんあるように思います。今日のミラクルは「気」のお話をしましょう。

「気」はいろんな言葉に使われていますよね。
元気、やる気、病気、負けん気、強気に弱気・・・・・
この言葉の多さを見ると、昔の人は気が見えていたのではないかって思うのです。
それとも、感じてたのかな?

 貴方はいかがですか?「気」が見えますか?感じる事ができますか?

 私は気は波動だと思っています。
全ての物質には波動がありますよね。波動の源は中学の化学で習った原子の周りを回る電子。
ミクロレベルでは原子の周りをまわる電子との間はスカスカだそうです。あんな固いダイヤモン
ドさえスカスカなんですよね。と言うことは、物質特有の波動があって当然だと思いませんか?
現在の量子力学の常識は物質の本質は粒であると同時に波だと認識するそうです。

 さて、「気」ですが・・・
実は見えるのです。
全ての人が感じる事が出来るのです。
感じるのは比較的簡単に出来るようになります。見るのは、普通に見ていては見えないかもしれ
ません。偶然に見えた人もいるかもしれませんが・・・

手当てって言葉がありますよね。
怪我などの手当てがそうですが、手は気を発っしたり感じたりする敏
感な部位だからでしょうか。お腹が痛いときも自然に手を当てていま
す。手はミラクルの良いパーツかも。

 -------------------------------------------------------------------
貴方の手は暖かいですか?

私の子供達は、どこかに不具合があると、「かあさん、ちょっとみて!」って、寄って来ます。
どれどれ・・・って手をかざすと、大抵の悪いところが反応として手に感じとれます。人によっ
て感じ方が違うのですが、慣れるとそれがどんな感じか自然にわかるようになります。

そうやって、解るようになるのは結構早いのです。やってみてくださいね。

でも、解るようになるだけでは、何の役にも立ちませんよね。
出来るなら、早く治してあげたいって思いますよね。
その方法もこれから少しづつ書いていきたいと思います。

手が冷たいと血液の流れも気の流れも滞っている状態ですから
そういう手の時は、まず手を暖かくしてから試してみてくださいね。

        貴方が、陽だまりに出逢えます様に!

---------------------------------------------------------------------
「体感時間とわくわく」
貴方のわくわくする事ってどんなことですか?


私は、新しい事を始めるとき、特に物を作る草案を練ってる時が好きです。趣味は広く浅くで、
しかも教本どおりに作った事がありません。
ちっとも自慢にはなりませんけど。

楽しい事をしてる時って、時間がたつのが早いですよね。
逆に嫌々何かをしてる時は、ちっとも時が進んでくれない。
時間と言うのは不思議なもので、その人の感じる時間と絶対時間は必ずしもイコールではない
ですよね。

同窓会に行くと、物凄く老けて見える人と、若々しい人と、見た目の開きが大きいでしょ。
まだ若い人は、童顔だとか雰囲気だとかそういったことが大きいですが、年を重ねるにつれ、それだけではなくなってくると思いませんか?

普段楽しい事を沢山してる人は、若々しい人が多いのです。それは、ストレスの解消になる事も一因だと思いますが、わくわくすると脳内快感ホルモン(若返りホルモン)が出ることも言われていますよね。
ええと・・何でしたっけ・・・
そうそう、セロトニン・・・セロトニンが分泌するんでしたよね。
老いらくの恋は若返りにはもってこいらしいですね。

脳が老化すると喜びの感情が沸きにくくなるそうですが、私は沢山の人に喜びと共に生きて欲しいなっていつも思います。

話を戻しますが、楽しい時は時間を短く感じる・・・それはつまり、同じ時間でも体感時間が短いわけですから、嫌々時を過ごしてきた人より若くいて当たり前だと思いませんか?

多くの人は楽しい事をしていると、罪悪感にとらわれます。一生懸命頑張って苦労して生きる人が偉くて、楽しんで生きる人は
「いいよな、あいつは。」って白い目で見られがちですよね。
でも、頑張るのが美徳で、楽しむのは怠惰でしょうか。

私は楽しむという事は、自分を一番大事にしてるって事だと思います。自分を大事にできない人は、人も大事に出来ないし、心と身体のどこかに怒りや不満を溜め込んでしまいます。
「自分はこんなに一生懸命生きてるのに報われない」と思う人は、世の中不公平だと嘆くようになります。不公平に感じ不公平に振舞ってるのは実は自分自身なんですけどね。

一生懸命な人は大好きです。
けれどそれを美徳とは思いません。
私は、この空間の先のあなたが、柔らかい表情で微笑む方が嬉しいです。頑張る事を楽しめる人は、それはそれで素敵な事です。
私も時々やります。「私ってがんばってるぅ」って自己満足。
それは、頑張る事を楽しんでるわけですから、いいのです。
でも・・

頑張る事が苦しくてしょうがない時は、どうか楽しい事をしてください。貴方の脳がいつまでも柔らかくみずみずしくあるように。

-----------------------------------------------------------------
目の見えないおばあさんの話
きょうは、目の見えないおばあさんのお話です。

私がぴちぴちの高校生だった頃のことです。
ある日仲の良い友人が、「不思議なおばあさんがいるから行こうか。」って言うのです。何でも、そのおばあさんは、身体にさわらなくても悪いところが解るんですって。

その頃、その友人は成長期の脊柱側彎症で、今は何ともないけれど将来障害が出るかもしれないと言われていました。(実際彼女は子供を授かりませんでした。)私は中学でテニス部に所属していたのですが、それをやめてからどうも調子が悪く、元気であるのですが、右わき腹に鈍痛がありました。
そういう不調もあり、物珍しさも手伝って一緒に行ってみる事にしたのです。

その家は、平屋の小さな田舎の家で、縁側と畳と茶色い柱をうっすら覚えています。おばあさんは、一人暮らしでした。目が見えないので不自由はないのかと思った記憶があります。小柄な普通の優しいおばあさんでした。

まず友人が敷物の上に腹ばいになり、治療(?)を受ける事になりました。おばあさんが5,60cmはなれた上空を手かざしします。ゆっくりその手が旋回すると、時折降りてきて、友人の身体に触ります。触るというより、坪を押さえるって感じでしょうか。そうすると、友人が「うっ!」っと、顔をゆがめて私を見上げるのです。

そのうち、友人と私がチェンジ。今度は私がまな板の上の鯉状態になります。腹ばいに寝転んでると、おばあさんは見えないので、何をされてるのか何も解りません。
ただ・・・おばあさんの手が下りてくると、猛烈に痛いのです。目から火花が飛び散るとはあの事でした。神経に直接触られた様な痛みでした。

私たちは、二時間くらいそこにいると、おばあさんに御礼をして帰ってきたのですが、おばあさんの指が、ピンポイントで降りてくることが不思議でたまりませんでした。目が見えないのですから、つぼに降りるわけがないのです。その時はとても不思議に感じました。
今は、全然不思議とは思いませんが。

きっと、こういうおばあさんは、何処の町にも存在したのではないでしょう
か。目が見えなくなったからこそ、感覚が磨かれたのでしょうね。


----------------------------------------------------


このちょびっとミラクルは、「平凡な日常でも、少しだけ視点を変えれば楽しい事や感動する事はあるんですよ。」って気持ちで発行に至ったのですが、そういうことを思い始めたのは、まだ結構最近なのです。

きっかけは、虹でした。虹って誰が見ても綺麗ですよね。そして、消え行く束の間の造詣だから
それを楽しんでいたいと思うものですよね。

あれは、私の母がくも膜下出血で手術し、その看病に毎日通っていたある日の帰り道でした。
(病院は高台にあり、徒歩で20分ほどのところに毎日通っていたのです。
母は奇跡的に一命を取りとめ、今元気にしています。その時の奇跡は又後日書く事にして、今日は、雨上がりの帰り道の出来事を書いてみます。)

その日は雨で、病院の窓から「帰り道寒そうだな」って、外を覗いていたら雲が光を出し始めたのです。ご存知の天使の梯子です。光の柱はみるみる増えていき、やがて放射状に、それはそれは幽玄な風景を見せてくれました。束の間それに見とれ、「ああ・・いいもの見たな」って、少し嬉しくなりました。

その日の帰り道は吐く息が白くて、コートの襟を立てても寒くて寒くて、なんだか情けない気持ちになっていました。兄が数年前に他界し、弟は見舞いにも来ない、父はおろおろするばかりで、私の子供達は、母(私)不在の自宅で何日も自分達で食事の準備をして食べてる様子だし、精神的にも肉体的にも少し疲れていたのかもしれません。

そんな時でした。ふと前方を見上げると、綺麗な虹がかかっているのです。
「冬の虹は珍しいな、ありがたいなぁ。」って思いながら、ふと、こんなことを思いました。
「あの虹も、さっきの天使の梯子も、もしかしたら、私へのプレゼントではないかしら。確かにただの自然現象だけど、この同じ時刻に同じ角度で、この虹を見れるのは、私だけのはず。そうやって、自然はいつも私に奇跡を見せてくれているのかもしれない。今まで気がつかなかったのは、私に見ようとする目がなかったからかも。」

そんな風に思ったとき、全てのものが変わって見えてきました。
たとえば、道端の花、この花だって私のために綺麗な姿を見せてくれている。
だから、「ありがとね。綺麗だよ。」って心の中で言うようになりました。
すごく自己中な考え方でしょ。
でもね、私は何でも、自分にプラスになる考え方なら(人に迷惑をかけない限り)どんどん取り入れたほうがいいと思ってるんですよ。その方が楽しく生きられるから。

「できない事なんてないんだよ。自分が限界と線を引いた時が、限界なんだよ。
空だって飛べるんだから。」って、子供に私が言うと、
「まったくぅ〜母さんは〜、サイヤ人じゃないんだからねぇ。」って、言われるん
だけど、「瞬間移動してみせるからね。そのうちね。」って真顔で答えるのです。
頑張れって気持ちを込めて。

あ・・ほんとに、いつか瞬間移動してみたいと思ってるんですよ。(*^^)v


-------------------------------------------------------
喉の風邪に

私は九州熊本に住んでいますが、珍しく雪が降り積りました。
冷え込んでいます。

冷気を吸い込んだせいか、娘が喉が痛いと言い始めました。
初期の風邪には葛根湯が良いそうですが、総合感冒薬の成分に熱さましが入ってるものは、体温を上げて菌を殺そうとする人体の働きを阻害するので服用には気をつけたほうが良さそうです。病院でも高熱で辛い時に服用するように処方されますが、子供の熱に使って治りを遅くしてしまった事がありました。やはり、ピンポイントで使うのが望ましいのでしょうか。

喉の風邪に効く民間療法に「大根飴」があります。
これは、妊娠の可能性があり初期に風邪薬を飲みたくない人や、私の息子のように、抗生剤をどうやっても飲ませられなかった子供にいいです。

民間療法って言うと、効果の程が解らないものも多いのですが、これは、喉の痛みの緩和や咳の減少などで、効き目を知ることが出来るんですよ。
材料は大根と蜂蜜。(1歳未満の乳幼児には蜂蜜は注意が必要です。)

<作り方>
○大根を繊維を切る方向(輪切りなど)に、サイの目、または千切りに切る。
○切った大根をカップなどに移し、適量の蜂蜜をかける。(大さじ2〜好み)
○2,3時間すると上澄み液がコップいっぱいになるので、それを飲む。
  
  効果的な飲み方・・・スプーンなどで少量づつ喉の奥にまんべんなく
               流し込むようにするとGood!

簡単でしょ!
鼻づまりの時も口で呼吸するようになるため、喉にダメージがきやすくなります。味が嫌いでなかったら、飲んでみるといいですよ。うちでは、喉の痛くない必要のない子も飲みたがるので、多めに作ります。大根は上部に甘みがあり大根おろしなどにいいので、下部の生では食さな
い部分を大根飴にするといいかもしれません。新鮮なものの上澄み液はたっぷり出ます。旬の今と風邪の季節の組み合わせ。先人の知恵は、素晴らしいですね。

風邪を引いたら早めにお休みくださいね。
お風呂は熱がなければ入っても良いそうですが、体力の落ちてる時は
充分に気をつけて、くれぐれも湯冷めをされないようにしてください。

--------------------------------------------------
観念のリリース
私たちは生まれてすぐから、観念に取り囲まれて生活します。一番最初は諸々の親の観念。祖父母や、親族。それから、友人が出来ると、友人の家族や親族の観念。学校、地域、日本社会・・・年とともに観念を形作る要素が増えていきます。それを経験と呼ぶのかもしれません。

私は「ひとつの心にはひとつの感情しか住めないから、喜びを住まわせたいね。」ってよく言いますが、これの邪魔をするのが、「観念」です。

楽しんで生きるのには喜びが多いほうがいいのは、すぐに解りますが不安や怒りを抱え込んでいけない理由をあなたはどうとらえますか?

不安や怒りを抱え込む時の身体の状態を少し自分から離れて観察してみてください。不安な時の呼吸は・・・浅いでしょう。怒りの時は息を荒げていますね。悲しみのときは弱々しいでしょう。
血流は滞っているでしょう。脳のアルファー派は全くないですよね。なにより、前に向う気持ちが萎えています。そんな状態を好きな人はいません。(いたらごめんなさい)

自分の身体に良くない状態を作り出す悪しき感情をなくす方法が、観念のリリースです。観念のリリースというのは、自分が今抱えている感情が何処から来ているのか探り当て、それを綺麗さっぱりポイすることです。

これがなかなか難しいのです。だって、ほら、私もあなたも観念まみれですから。

では、何か例を挙げて説明しましょう。
人には「承認」の欲求があって、人から認められたい、役に立ちたいという気持ちが存在します。ですから、褒められるのは嬉しいし、けなされるのは辛い。

あなたが、友人が困っている時に、こちらから申し出てその友人が楽になる方法を提案したとします。貴方は、当然友人は喜んでくれて自分の提案に乗ってくれると予想しています。
ところが、その友人は、迷惑だと憤慨し始めました。貴方は、友人のために良かれと思う優しい気持ちから発案したのにとても心外です。軽い怒りすら覚えます。

この時貴方の心には、友人に対する不信と自分の親切を踏みにじられた哀しみ、「もう知らないぞ」と言うような、怒り・・・そんなものが存在して気分良くないですよね。

そういう時「関わりあうのはやめよう、どうせあの人は人の親切も受け取れないひとだったんだ。」と、自分の気持ちを収めようとするかもしれません。波が起こる前の自分に戻そうとします。
それで、きれいさっぱり忘れてしまえる人はいいのです。ですが、多くはしこりを残します。

観念のリリースとは、そういう時怒りや哀しみの源を探ってみるのです。「自分は今何に怒ってるんだ?何を哀しんでるんだ?」そしたら、気がつくかもしれません。自分は相手に喜んでもらいたかった。それが伝わらなかったから哀しい・・その気持ちのすぐ傍に、自分を認めてくれなかったから哀しいと思う感情のあることに。

相手には相手の観念があって、あなたの申し出は、もしかしたらその人にとっては侮辱と写ったかもしれません。相手が自分の思うとおりの反応をしてくれなかった事を悲しんでるのは、自分であって、相手に責任はないのです。ただ、自分の期待通りにならなかっただけのこと。悲しむ必要がないことに気がつけば、もう怒りと共に暮らさなくてもすみます。

解りにくいでしょうか?
「現実は自分が作る」ということは、同じ事象でも、その人の心の受け止め方によってそれぞれの「現実」が生まれるという事です。自分は運が悪いと思う人は運が悪いままです。人生の幸福の量が決まっていて、いいことがあったから悪い事があると構えてる人は望みどおり悪い事が襲います。

幸福は無尽蔵です。貴方が、望みさえすれば。
こころの不用品はポイポイ捨てましょう。

--------------------------------------------------------
シンプル

こんにちは。
今日は、私のホームページにも掲載した「生きるって本当はシンプル」と言うお題で書きます。

最近、生きる事ってもっとシンプルなんじゃないかなって思う様になりました。人も自分もあれこれ考えすぎて勝手に複雑にしてしまってるなって感じるのです。社会規範やこうしなければいけないってことばかりが多すぎて、ため息ついて。

けれど、そう思い込んでしまってるのは自分自身で、本当はこうしなければならない事なんてそんなにないんじゃないかな。目に見える現実は案外簡単に変えられるものなのかもしれない。

ネガティヴな感情が襲ってきた時、呼吸を深〜く深〜くすると、何処からか天使が舞い降りて来るのです。そして、ささやくの。

全て順調・・貴方の人生は全て順調
貴方が選んできた事だから・・・ね。。って。

観念のリリースしてみましたか?
こつの掴めない人は、メールまたは、掲示板に書き込みしてくださいね。メール・掲示板は下のホームページ上にあります。

この「観念のリリース」はこれから私が書いていきたいことの基本になる考え方なんです。
自分にとってマイナスになる感情が浮かんだ時、それがどんな観念から発生するのか突き止め、それを手放す。それを繰り返していると、確実に楽しい事や、ミラクルが増えていきます。幸運を引き寄せる能力も出てくるのです。

それと、もう一つ、気を感じてみませんか?
たとえば貴方の身近な人が、どこかを痛めたとき、そこをサーチして、身体が治す力の手助けをしてあげたいと思いませんか?
そういう事に興味のある方は、早速、誰かの(または自分の)身体の周りを探ってみてください。
まず、感じてみてください。

次回から、そういうことを、もう少し詳しく書いていきたいと思っ
ています。


---------------------------------------------------------
触る

こんばんは。
暖かい日が続いています。
今日の九州熊本天草は、春そのものでした。とても、2月とは思えません。
雪が降ったと思えば、突然春になり一体どうなっているのでしょう。

この間、「丹田に興味ある方はHPをご覧下さいね。」って書いたのですがその時、「丹田ってどう読むのですか?」ってご質問を受けました。丹田は”たんでん”と読みます。
私はこの言葉は皆さんご存知だと思い込んでいたのですが、武道や気の話に触れる機会のなかった方には、あまり馴染みのある言葉ではないのかもしれません。

その時に、このメルマガを何も知らない人を前提に進めた方が良いとご指摘を受けました。出来るだけそのようにしますのでこういった事に詳しい人は、読み飛ばして頂きたいと思います。

さて、本題に入りましょう。
自分の気に触れましたか?

人は五感で感じ取る能力を持ちますが、それは、生まれてからずっとデータとして培ってきたものですよね。見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れる、この五つがデータを提供し、アンテナがキャッチしたものが感じるって事になるわけです。

この五感の中で、気をサーチするのに優れているのは「触る」ことです。
そして、他の情報と同じく、かすかな違いがデータを蓄積し、それを感じるようになるわけです。もちろん、他の事と同じように、過敏な人、そうでない人がいます。その違いは、そのうちデータ数で補えるようになります。

掌を合わせてみてください。
手は暖かいですか?冷たいですか?
その感じる温度差が、普通の触覚ですよね。
少し離してみてください。どんな感じですか?
じんわりしますか?あたたかいですか?スースーしますか?
そこからが、気の感覚になります。

何にも感じない人は、心でブロックしていませんか?
自分は鈍感だから・・・自分にはそういう能力はないから・・・

現実は自分が創造するものです。ですから、ないと思えばありません。
あると思えばあるのです。

何も感じない、あるいは、うっすらで解りづらい人は、手をこすり合わせてみてください。じんじんしますね。(当たり前ですね)
それから、さっきと同じ事をしてみてください。
ゆっくり、手を離したり、近づけたりしてみてください。
どんな感じがしますか?

そこで、近づけた時と、離した時の感じの違いがつかめた人は、自分の身体のどこでもいいので、同じように近づけたり離したりしてみてください。身体から10cmくらい離れたラインをゆっくり動かしてみるのもいいですよ。

第一段階は、心にブロックをかけないで、自由に感じるということです。
脳で感じるのでなく、掌で感じてみてください。頭で考えないでくださいね。

かすかな違いに次第に敏感になっていくと思います。「少し暖かいなぁ。」
とか、「すーすーするな」「ん?ジカジカするぞぉ!」とか。
体温でない温度を感じる範囲がしだいに身体から遠くなっていきます。
感覚が強くなっていきます。

痛んでるところをキャッチするのは、すぐに出来るようになると思います。
最初は感覚を楽しんでみてくださいね。


見る
重い想いに支配されそうになっていたので頭を空っぽにしてみました。
本を読んでみました。

本はいつも向こうから逢いに来てくれます。
今回は数冊出逢いましたが、いずれも、今の私に必要な本です。
貴方にも、そういう本がやって来てるのではないでしょうか。

頭空っぽにする事は、結構難しいのですが、
最近の私ときたら、少し前のことでも忘れてしまいます。
時にはさっきご飯食べたのさえも。
危ないですよねえ。(笑)

この間触れる事について書きましたが、(よかったぁ・・覚えてました)
今日は見ることについて書きましょう。
といっても、物を見るのではなく、もちろん、オーラを見る事ですけれどね。

昨夜暗い部屋で娘の寝姿が目に入ったのですが、娘が青緑っぽく光っていました。
最近はアニメなどで、そういう描写がありますが、そういうのを見ながら説明できるとわかりやすいのですが、言葉では難しいです。
暗い部屋では、視覚が本来の機能をしませんので、そういったものが見えやすいのです。
また、寝る前とという状況も見えやすくする要素でしょう。

どういう状況で見えやすいかが、上のパターンですが、これには二つのキーワードがあります。一つは、本来の視覚が機能しにくい事。もうひとつは、寝る前、つまり、頭が空っぽになりやすい事です。
この二つの状況下では、オーラは見えやすくなるのです。
それなら、その状況を自分で作り出せばいいと思いませんか?

何も部屋を暗くする必要はありません。
青空に中に浮かぶキラキラなどは、明るいところでしか見えませんし、木や植物などのオーラも明るいところでも見えます。明るいところで頭空っぽって、覚えがないですか?

そう・・・ぼ〜〜っとしてるときです。
空間に焦点をあわせます。
人がぼ〜〜っとしてる時ってどこかに意識が飛んでいてほのかに心地良くありませんか?
そういう状態で空間をぼ〜〜っと見ると見えてくるのです。

光を身にまとってる場合もありますが、湯気のようなものが身体から発せられてるのを見ることもあります。試してみてくださいね。

最初はぼ〜〜っと見てる時しか見えなかったものが、そのうちいつでも意識を向けると見えるようになります。パソコンの画面から湯気みたいなのがジカジカ出ていたりする事もありますから楽しんでみてくださいね。あまり見ようと躍起にならない方が見えると思います。

 
☆。。☆。。。☆。。。☆。。☆。。。☆。。。☆。。☆。。。☆。。。☆


ホーム

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送